今日は宇城市の小川町にて
「スポーツを通したエリート教育フォーラム2008」
と題された講演会に行ってきました。
以前からこのブログでも話題(2007.5.18『熊本発世界基準!』、2007.9.15『開校決定!』)にしてきた
「JFAアカデミー熊本宇城」
に関する講演です。
講師は日本サッカー協会専務理事の田嶋幸三氏。
今回の議題としては、小学生〜中学生といった育成年代に焦点を当てた話です。
以下、その講演内容をいくつか挙げていきます。
・子どもへの指導は細かくさせすぎてはいけない。子どもたちが自分で考えてプレーできる環境を提供できるよう指導者も育成させたい。
・指導者への通達はできるが、親(保護者)への通達は出来ない状況。親への啓発も行っていきたい。
・親が変わらねば子どもも変わらない。子どもの自立を促すために、親がどう接していくか。
・イエローカードやレッドカードと別に、グリーンカードというカードもある。U-12の試合では、倒れた相手を起こす・ボールを拾いに行くといった行為に対し、選手をほめる意味で提示している。
・日本では叱ることはあるが、ほめることが上手く出来ていない。各家庭でも子どもをほめる際にグリーンカードを使っていただきたい。
・「エリートがダメだ」ではなく「エリートの『選び方』がダメ」。エリートとは強権を発するような人間ではなく、先頭に立って走って行く者の事。
・徒競走などでの平等教育の弊害。昔は町の足自慢がでたら、町ぐるみで応援していたはず。
・ゲームフリーズ(練習の際に、コーチが練習を止めて選手に説明を行うこと)時、「なぜそういうプレーをするのか」と選手に求めた際、選手が指導者の求める答えを探っている様子(指導者にとっての「正解」を答えようとする)では、子どもの成長はない。選手自身の言葉で答えを探させていく必要がある。
・世界の「15歳」と比べたときに感じる差。世界では強豪クラブのユースカテゴリーで活躍しているのに比べ、日本では「中学生」という意味合いが強い。
・Jリーグの日本人監督に、試合中「なぜあの選手を交代させたのか?なぜあのときにこのような選択をしたのか?」と問うても、答えを返せないという現状がある。そのような事を尋ねると、嫌がられているように思われる。
・選手にも、自分で判断することが出来るように、論理立ててプレーさせていく必要がある。その際コーチは、「答え」ではなく、「解き方」を教える必要がある。
・言語教育の重要性。考えて応えることの重要性。サッカーの練習について子どもたちに尋ねて「別に・・・」「ビミョー」という言葉遣いを許していると、思考の放棄に繋がる。難しい年代だからと放任してはいけない。例えばドイツで同じように尋ねて「ビミョー」なんて応えたら、親は「じゃあサッカーやめなさい」とキッパリ切り捨てる。
・論理的に考えられないなら、世界では通用しない。今現在「世界」が見えてきたからこそ、言語能力の不足が明確になった。
・本来ならば、見ている者から「何をしたいのか」が分かるのがサッカーである。日本では「阿吽の呼吸」で通用するかもしれないが、世界では通用しない。コミュニケーションの重要性。
・アカデミーのフィロソフィーは「世界で通用する人間」。これはサッカーでという意味ではなく、立ち振る舞いとして。
・エリートの人間は小さい頃苦労をしている。自分のために何もかもが揃っている自宅ではなく、4人1部屋の集団生活などで育っている。
・様々なポジションをさせる=失敗する。育成年代だからこそ、習慣を身につけさせる。
・この年代には、勝たせることを一切考えていない。
・判断の基準を持っていない選手に自由を与えてはいけない。
・エリート教育とは、その選手だけを育てるのではない。本人を育てることで、周囲の子や環境も伸ばすことが目的。必ず周りはついてくる。
・「誰でもサッカーが出来る」という前提でのエリート教育。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ちょうど講演中、地元中学のサッカー部の子どもたちがやってきて、最前列の席に座ろうとしました。
この際、体を屈めて通る者、構うことなく通る者、それぞれいました。
なぜ体を屈めて通ったのか。
「そうしないといけないから」という押し付けた理由ではなく、彼本人の中で、明確な理由の下に判断した結果なのだとしたら、それは人間的に成長できる証だと思います。
私が彼らの指導者なら、体を屈めて通った生徒を単にほめるのではなく、彼に屈んだ理由を問うた後にほめようと思います。
もう1つ。
私が座った席の横で、講演中ずっとサッカーボールに足で触れながら話を聞いている小学生ぐらいの子どもがいました。
出掛けるときにも持っているぐらい、そのボールを大事にしているのでしょう。
ところが講演中、彼の足からボールが離れ、私の足元にボールが転がってきました。
「ハイ」と両手で彼にボールを返したのですが、彼の口から「ありがとう」の言葉は返ってきませんでした。
彼にとってのボールの大事さは、その程度のものだったということです。
田嶋氏の講演内容は素晴らしいものだったのですが、このような現実を知って私は悲しくなりました。
さて、以上のようにメモできる範囲でメモしてきたのですが、とにかく内容としては私がアカデミーに対して考えていたことをほとんどそのまま話されたようで、とても安心して聞いていました。
単にサッカーの上手い選手を育てるわけではないこと。
指導していく上での「自由」と「放任」との違い。
周囲の環境を、まるごと成長させていくもの。
サッカーを通じて人間的な成長を促していくということが、このアカデミーでの目的だということです。
実はこの後パネルディスカッションが行われたのですが、長くなりそうなのでまた明日にでも書こうかと思います。
今日はここまで。
2008年02月17日
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そういう時はボールを手渡しながら「ボールは絶対に離すんじゃねぇ!1ミス1失点だ!」と注意を(笑)
そういや子供の頃、大人に「ありがとう」とか言ってなかったなぁ・・・と
頭では分かっていても恥ずかしくて言えなかったり・・・。
ボールの子もその内言える子になるとよいですね。
貴様ァ〜!そのボールへの愛情はそんなもんかぁー!
と小一時間問い詰めt(嘘)
でも確かに子どものころは恥ずかしい感じがありましたね。
もしかしたら今度同じ機会が彼に訪れたら、今度は笑ってお礼が言えるかもしれませんね。